特に理由はないのに、しばらくするとまた見てしまう映画がある。
その一つが『ゴッドファーザー』だ。マフィアのコルレオーネ一家を描いたフランシス・F・コッポラの大作で、PART3まである。
PART1の主人公ドン・コルレオーネ役は、マーロン・ブランド。
PART2では、若き時代のドンがロバート・デ・ニーロに代わる。
後継者となる3男マイケル役がアル・パチーノ で、PART3では主演を務めた。
この3人の名前が揃うだけでも、クラクラッとする。
興業的にはパッとしなかったPART3だが、それには「ある理由」があった。
映画『ゴッドファーザー』はマリオ・プーゾ著の同名小説を映画化したもので、原作者のプーゾが、主役にマーロン・ブランドを強く推した。ブランドも頬に綿をふくんで自ら撮ったVTRを監督のコッポラに送り、この大役を射止めたという。
ちなみに、この役でアカデミー賞主演男優賞を受賞したマーロン・ブランドが、オスカー受賞を拒否したのは有名な話。
マイケル役は当初、制作側がロバート・レッドフォードを推していたらしい。ところがコッポラ監督の強いこだわりで、無名のアル・パチーノに白羽の矢が当たる。その期待に見事に応えてみせた彼の後の活躍は、周知のとおりだ。
原作者のプーゾは、ニューヨークの極貧のイタリア系移民の2世で、『ゴッドファーザー』を描くにあたりモデルにしたのが実在のマフィア、ジョゼフ・ボナーノの一家だった。ジョゼフ・ボナーノがドン・コルレオーネことヴィトー・コルレオーネだ。モデルには諸説あるが、私はこの説を推している。
ただ、アル・パチーノが演じたマイケルのモデルが誰なのかは、はっきりとは分かっていなかった。ところが2001年、ご本人自ら『ゴッドファーザー伝説』の著者として現れたのだ。彼の名はビル・ボナーノ。彼こそ、あのアル・パチーノ演じたマイケルのモデルである。
この本、マフィアご本人が書いているだけに、小説や映画とはずいぶん違ってリアルなのである。マフィアの抗争よりも凄いのが、マフィアと政治家とCIAの癒着に関する話。ゴッドファーザーとケネディ家の親密な関係のくだりは息をのむ。ジョン・F・ケネディの父は禁酒法時代にマフィアと組んで巨大な資産を築き、政治家に転身した。息子たちもマフィアの力で政治家になった。著者によると、ジョン・F・ケネディ暗殺の真犯人はオズワルドではなく、オズワルドは捨て駒だったという。他にも凄い話がポンポンと出てきて、著者が語る内容には凄みと説得力がある。
◆番外エピソード◆
映画の序盤に、人気が低迷していた歌手兼俳優のジョニーが、ハリウッド映画への出演を切望してプロデューサーに断られ、ドン・コルレオーネがジョニーの出演をごり押しして脅すシーンがある。
このジョニーのモデルとされるのが、フランク・シナトラ。映画の中でジョニーが歌う「ただ一つの心」はシナトラの持ち歌である。シナトラは実際、映画「地上より永遠に」でカムバックを果たしている。後年、あるパーティで原作者プーゾとニアミスしたシナトラが「Fuck off!」と言い放ったというのは有名な話。
イタリア移民のシナトラはマフィアとのつながりが深く、民主党大統領予備選でマフィアが牛耳る労組の支持を取り付け、ケネディを勝利に導いたとされる。一方、マフィアはケネディ兄弟の弱みを握って利権を得るべく、シナトラを介してハリウッド女優をケネディ兄弟に近づけた。
彼の舞台の観客席には、そっちの筋の人が数多く陣取っていたことも有名。
実在のスキャンダルを題材にした、PART3
3部作の中で私が最も好きなのは、最も評価が低いPART3だ。
PART3は、ローマカトリックのマルチンクス大司教がヴァチカン銀行(正式名称は宗教事業教会)の総裁を退任した1989年に劇場公開された。ヨハネ・パウロ1世のローマ法王就任後わずか33日の突然死と、アンブロシアーノ銀行の頭取ロベルト・カルヴィ暗殺事件という、実際の出来事を題材にした映画である。
日本ではあまり知られていないが、この2つの事件は世界中を震撼させた大事件だった。カトリックのみならず、キリスト教社会全体でタブーとされたこの事件を真正面から扱ったPART3は、観に行くこと自体がタブー視され、興業的にふるわず、アカデミー賞で1部門も賞を得ることはなかった。
しかし、この映画のアル・パチーノの演技が賞を取れないなんて、あり得ないのである。間違いなく映画史に残る超絶演技だったし、この映画をPART2より高く評価する映画評論家も少なくない。
一応、この映画の登場人物を実在のモデルと対応させると、こうなる。
●ランベルト枢機卿 - アルビーノ・ルチアーニ(枢機卿。後のヨハネ・パウロ1世)
●ギルディ大司教 - ポール・マルチンクス(大司教、宗教事業協会総裁)
●フレデリック・カインジック - ロベルト・カルヴィ(アンブロシアーノ銀行頭取)
●ドン・リーシオ・ルケージ - リーチオ・ジェッリ(イタリア社会運動幹部、ロッジP2代表)もしくはジュリオ・アンドレオッティ(元イタリア首相)
劇中で、法王を選出するコンクラーヴェで選出されるランベルト枢機卿は、劇中でも「法王ヨハネ・パウロ1世」と名乗っている。彼は法王に就任早々、ヴァチカン内の腐敗体質を浄化しようとして毒殺された。
実在の法王ヨハネ・パウロ1世も、ヴァチカン内とマフィアとイタリア政界の癒着による腐敗体質を改めようとし、1978年9月28日、就任後わずか33日後に自室で突然死した。
調査の結果、証拠隠滅が図られていたことが明らかになり、毒殺による暗殺が疑われ、真相を究明する多くの著書が刊行されている。なかでも有名なのが デイヴィッド・ヤロップ著『法王暗殺』。問題も多い本だが、当時の裁判資料や証言から浮かび上がる世界の現状には、事件を超えて、恐ろしさを感じる。
映画に出てくるコンクラーヴェの場面も、見ごたえがある。劇中で落選した他の候補者が得た得票数も実際のものと同じで、あからさまに実在の人物をモデルに当てはめているのだ。
法王の突然死により、後任として選出された法王ヨハネ・パウロ2世は、暗殺された前任者の改革路線を継承しなかった。そのおかげで、カルヴィ頭取はマルチンクス大司教の庇護のもと、ヴァチカン銀行を経由したマフィアがらみのマネーロンダリングと不正融資を続けることができた。
カルヴィ頭取は後に暗殺されるが、主犯の1人はヴァチカンと法王ヨハネ・パウロ2世によって守られる。
政治やマスコミや学校による洗脳とは恐ろしいもので、学生時代の私は何も知らずに法王ヨハネ・パウロ2世のことを尊敬していた。
カルヴィ頭取や前頭取シンドーナ、マルチンクス大司教らが実際に会員となっている秘密結社「ロッジP2」も実名で映画に登場する。
ロッジP2とそのメンバーは、CIAやケネディ大統領とも親交が深く、禁酒法時代にケネディ家がマフィアと組んで酒の密輸で財を築いたことは有名。
ジョン・F・ケネディが大統領に就任後、マフィア撲滅運動を開始したことがマフィアとCIAによる暗殺の動機となったとの説も根強い。
それにしても、PART3でのアル・パチーノは、マイケルの晩年の悲劇を見事に演じきって、凄まじかった。糖尿病に冒され、過去の罪を懺悔して泣き崩れる姿・・最愛の娘が銃弾に倒れるシーンでは、魂が抜け落ちるほどに泣き叫ぶマイケル。観る者を絶句させるほどに、悲しみが伝わって来た。
ラストシーンは、独り孤独に死を遂げるマイケルが回想する彼の幸せの絶頂期。娘と最初の妻のダンスシーンだ。このラストは、PART3のみならずゴッドファーザー3部作を見事に締めくくる、映画史上、類を見ない壮大なフィナーレとなっていて、観客の心に深く3部作を熟成させて物語の幕を閉じる。
ゴッドファーザーPART3。凄い映画である。